元ヴァイオリン王子の御曹司と同居することになりました
ラーメン屋……うん、ラーメン屋ね。
だけど何だろうか、この、そこはかとない上品さ。
路地裏のこじんまりした建物。
外装も内装も木目調でナチュラル。
分厚い木のテーブル。
そこにコトリといい音がして置かれるグラス。
そこに満たされているのは、薬くさくなくて、おいしいお水。
一番安い、スタンダードな塩ラーメンは1,000円。
出海君も私もそれを頼んだ。
アルコールも勧められたけど、そこは断った。たぶん今アルコールが入ったらやばい気がする。
「改めて、今日は本当にありがとうございました。すごく、よかったです」
出海君と聴けて、よかった。
「うれしい」
出海君はにっこり笑う。
「希奈さんは黒川ミシェルやプロオケのコンサートにはよく行くんですか?」
「しばらく行けてないです。黒川ミシェルは去年までフランスを拠点に活動してましたよね? 日本でのコンサートは少なかったこともあって、なかなか。実はプロオケ聴くのも久々だったんです。東京勤務になるってきいたときは、仕事の後にプロオケの夜公演に行けるかも、なんて思ったんですけど」
「仕事が忙しかったからですね」
出海君が申し訳なさそうに頭を下げるので、慌てて言う。
「それは仕方ないので、これからガンガン行きますよ。私の周りの仕事はだいぶ落ち着いてきましたから。出海君が約束を守ってくれたおかげです。すごいです。ありがとうございます」
「僕だけの力ではないですけどね。それでも、僕が頑張れたのは希奈さんが支えてくれたおかげです」
「……そう言ってもらえると、うれしいです」
気持ちが伝わるように、精一杯の笑顔を作る。