元ヴァイオリン王子の御曹司と同居することになりました
……これは、夢でも見てるんだろうか。
あまりのことに、現実とは思えない。
「……僕じゃ駄目?」
最後は、消えるように小さな声。
痛んだ心が、現実に引き戻してくれた。
出海君の両肩を、ぎゅっと抱きしめて、
深呼吸して、
懸命に頭を働かせて、
言葉を組み立てる。
「……私も、出海君のことが、好きです」
ぎゅうっと抱きしめられる腕に力がこもった。
嬉しさに、目眩がする。
でも。
好きだからこそ、ちゃんと伝えないといけないことがある。
出海君ならきっと受け止めてくれる。
「出海君と暮らしたから、好きになったし、楽しかった。今、とても幸せな気持ち。
でも、正直なところ、今すぐに、結婚に対して返事をすることは難しいです。
私は普通の生活しか知らないから、出海君のパートナーになった時、出海君や出海君のご家族に迷惑をかけるのが怖い」
出海君が、ゆっくり私の頭を撫でる。
「そっか」
小さな声の返事に、心が痛む。
「正直に言ってくれてありがとう。
僕は希奈さんなら大丈夫だと思うから結婚を申し込んでるんだけど、希奈さんの不安に対して僕が無責任に“心配ない”って言うわけにはいかない」
聞きようによっては冷たい台詞だけど、彼らしい、誠実な言葉だと思った。