千年桜
 私は鞄をベンチに置き、目に付くごみを集めながら尋ねた。

「御二人はこちらの方なんですか?」
「そうどす。あんたはんは観光にきゃはったの?」
「いえ、仕事で。千年桜という桜を探しているんです。でも・・・観光も兼ねてですけど」

ゆっくりしたくて、と答えた。

「千年桜について何かご存知ありませんか?」

 そう尋ねると今まで沈黙していた旦那さんのほうが口を開いた。

「あんたは、いつまで京にいるんだね?」
「年明けまではいるつもりです。」

そうですか、と短く切り少しの沈黙の後、名前を聞いてもかまわないか、と言われた。

「あ、申し遅れました、私、土方 愛菜(ひじかた あいな)といいます」
「土方…」

 やはり京都の人には受けが良くないか。けど、苗字は変えたくとも変えられない。

「ほな土方はん、日が暮れたらここへ来てもらえますか?」

 それから私は日が落ちるまでの数時間、久方ぶりのゆっくりとした時間を楽しみ、約束どおり公園へと足を向ける。
 空は橙から紫、そして濃紺へと色を変えて、街灯とおぼろげで頼りない月明かりが闇を照らしていた。

「遅くなって申し訳ありません」
「お気になさらずに、ほな行きまひょか」

ぼんやりとうつしだされた2人の表情は優しい。
少し歩くと、老夫婦は不意に立ち止まった。

「土方はん、これが千年桜です」

そう言われて目にしたのは、ただの常用樹だった。

「この木が、千年桜・・・?」

 そうです、と老夫婦は笑う。

「そこからでは分からないでしょう、こちらへ」

まさかその木が桜に変化するわけがない。
けれど、そんなことを口に出せるはずもなく私は言われるがまま場所を移動し、樹木を見上げた。



――桜、だった。
それは確かに、真白い花を一面に咲かせた桜の木だった。

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