千年桜
「どうどす?」
「………綺麗」
それ以外に言葉が見つけられなかった。
月明かりと街灯の明かりがその木の葉を白く、桜の花弁のように見せているのだ。
本物の桜ではない。それでも、桜でないとわかっていても・・・ただ、綺麗だと思った。
奥さんはこの木―千年桜について色々と話しをしてくれた。
桜のように見えるのは冬の時期しかないこと、二人の思い出の木であること、そして………。
「土方はんが、唯一素顔をみせなはった場所です」
「え・・・?」
あんたはんとは違いますえ、と奥さんは笑う。
「すべてを背負い鬼として生きようとしはった方どした。最後にいらしたのは、慶応元年の二月どしたなぁ…。」
・・・いったい、何の冗談だろうか。
考えているうちに、突然強風が吹いて花びらがどこからともなく舞い上がる。
その風に動じずに寄り添って立つ老夫婦が何かを告げているが、風の音でよく聞こえない。
かろうじで読み取れたのは・・・
「名前を恥じぬように」
それだけだった。そして、目の前が真っ白になって私の意識はブラックアウト。
ふと気がつくと、私は朝日が眩しく差し込む公園の枝垂桜の下にいた。
「………夢?」
まさか、そんなはずはない。その一心で、今までいたはずの場所へと急ぐ。
木は確かにあった。暗闇の中で見たあの木。木に触れようとした瞬間、ガウンのポケットが震動する。
「よ、無事着いたか?」
「………今頃何言ってるんですか。編集長。もう、一日たってますよ」
「はあ? お前、何寝ぼけてんだ?今日出発したんだろうが」
雑談を交わした後、携帯のディスプレイを見ると・・・十二月二十九日。京都に着いたその日だった。
「な・・・んで?」
そのとき、ふっと自分の言葉を思い出した。
「ゆっくりしたくて」
ああ、そうか。
千年桜は見つけた者の願いを必ずかなえるのだっけ。
私はその場に座り込み、パソコンを立ち上げる。
千年桜は実在した、とそこまで書いたとき眼前に何かが舞った。
――桜の花びら。
そっと手に取ると、あの老夫婦の幸せそうな微笑が浮かんだ。
願いをかなえる千年桜は私と、私と同じ名を持つ鬼と、あの老夫婦だけの物語で終わらせるのもいいかもしれない。
そう思って、私は静かにノートパソコンを閉じた。
千年桜は私の胸中に静かに宿っている。
観光地で出逢った、不思議で優しい物語として。
* Fin *
----------
最後まで読んで頂き、ありがとうございました。
恋愛要素が全くありませんが、書きたかった話でした(>_<)
「………綺麗」
それ以外に言葉が見つけられなかった。
月明かりと街灯の明かりがその木の葉を白く、桜の花弁のように見せているのだ。
本物の桜ではない。それでも、桜でないとわかっていても・・・ただ、綺麗だと思った。
奥さんはこの木―千年桜について色々と話しをしてくれた。
桜のように見えるのは冬の時期しかないこと、二人の思い出の木であること、そして………。
「土方はんが、唯一素顔をみせなはった場所です」
「え・・・?」
あんたはんとは違いますえ、と奥さんは笑う。
「すべてを背負い鬼として生きようとしはった方どした。最後にいらしたのは、慶応元年の二月どしたなぁ…。」
・・・いったい、何の冗談だろうか。
考えているうちに、突然強風が吹いて花びらがどこからともなく舞い上がる。
その風に動じずに寄り添って立つ老夫婦が何かを告げているが、風の音でよく聞こえない。
かろうじで読み取れたのは・・・
「名前を恥じぬように」
それだけだった。そして、目の前が真っ白になって私の意識はブラックアウト。
ふと気がつくと、私は朝日が眩しく差し込む公園の枝垂桜の下にいた。
「………夢?」
まさか、そんなはずはない。その一心で、今までいたはずの場所へと急ぐ。
木は確かにあった。暗闇の中で見たあの木。木に触れようとした瞬間、ガウンのポケットが震動する。
「よ、無事着いたか?」
「………今頃何言ってるんですか。編集長。もう、一日たってますよ」
「はあ? お前、何寝ぼけてんだ?今日出発したんだろうが」
雑談を交わした後、携帯のディスプレイを見ると・・・十二月二十九日。京都に着いたその日だった。
「な・・・んで?」
そのとき、ふっと自分の言葉を思い出した。
「ゆっくりしたくて」
ああ、そうか。
千年桜は見つけた者の願いを必ずかなえるのだっけ。
私はその場に座り込み、パソコンを立ち上げる。
千年桜は実在した、とそこまで書いたとき眼前に何かが舞った。
――桜の花びら。
そっと手に取ると、あの老夫婦の幸せそうな微笑が浮かんだ。
願いをかなえる千年桜は私と、私と同じ名を持つ鬼と、あの老夫婦だけの物語で終わらせるのもいいかもしれない。
そう思って、私は静かにノートパソコンを閉じた。
千年桜は私の胸中に静かに宿っている。
観光地で出逢った、不思議で優しい物語として。
* Fin *
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最後まで読んで頂き、ありがとうございました。
恋愛要素が全くありませんが、書きたかった話でした(>_<)