凪ぐ湖面のように
「――あのね、湖陽兄さん」
「何? あっ、その前に紅茶を淹れてくるよ。美希はロイヤルミルクティーの甘めだったね」

彼は未だに美希さんの好みを把握しているんだ。ボンヤリ思っている間に湖陽さんが厨房に消える。

「ここからの景色……昔と全然変わらない」

湖陽さんが座っていた席の隣に彼女が腰を下ろす。
「その席」と美希さんが私の席を指す。

「私の指定席だったの」

ドクッと胸が音を立てる。

「私、湖陽兄さんが好きだったの。彼も私を好きだと言ってくれた」

美希さんは左手の薬指に輝くプラチナの指輪を弄びながら湖の遠くを見つめる。

いったい何が言いたいのだろう……?
息苦しさに目眩を覚える。

「結婚してからも湖陽兄さんのことが忘れられなかった」

「だからね」と彼女の瞳が私を見る。

違和感。どこか変だ。あっ、と確信する。彼女の視線は私にあるが、私を見ていない。虚ろな瞳は空虚だった。

カチャンと美希さんの前にティーカップが置かれる。その音で我に返る。

「岬さん、悪いけど……今日は帰ってくれるかな」

湖陽さんの言葉に、美希さんが嬉しそうに顔を綻ばせる。
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