凪ぐ湖面のように
「ねぇ、今日だけ! 今日だけでいいから一緒に来て。素敵な人……あっ、男性じゃなく女性よ、紹介したいの」

意味深に笑う母を横目で見ながら、フーッと大きく息を吐く。

「本当に? もう誘わない!」
「うん、ご先祖様に誓って」

これも聞き飽きた。母のご先祖様は甘い! 何度誓いを破っても、罰なんて当てやしない。

「了解、今日だけだからね」

そして、私も親に甘い。大抵のことは言うことを聞いてしまう。

「で、どこに行くの?」
「友人のやっているレストラン。パパとは向こうで落ち合う予定」

ということは仕事絡みか。

父は普段ライターである母の専属カメラマンだが、写真家としての知名度の方が上だ。特に女性を美しく撮ることで有名だった。

父に撮影を頼むのは財界の大物から芸能人まで様々だったが、父には拘りがあるらしく、誰も彼も撮る事はない。

今回はどんな人が現れるやらだ。少し楽しくなってきた。

それに待ち合わせの場所は、ハリウッド・ウォーク・オブ・フェーム近くのメキシコ料理のレストランらしい。

メキシコ料理はタコスしか思い浮かばない。未知との遭遇だ。どんな料理を食べさせてもらえるのだろう、楽しみだ。
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