凪ぐ湖面のように
「ん? どうしたんだい? もう始まっているんだよ」

どうやらこの行為もごっこの一環らしい。ならばそう見えるようにしなければ、とちょっと身を寄せる。そこに湖陽さんを呼ぶ声が聞こえた。

「小町叔母さん、お待たせしました」

あっ、あぁぁぁ! 驚愕の一言に尽きた。

小野寺小町! 心の中で絶叫する。
何と、叔母さんと呼ばれた人は往年の大女優だった。

子役から人気を馳せた彼女は、『子役スターは大成しない』のジンクスを見事ブチ破った第一人者だった。

著書が映画化すると聞いた時、彼女に母親役をして欲しかったほど、私は彼女の大ファンだった。

生憎、彼女は独身で、母親役だけは無理、と断ったと伝え聞く。
その憧れのスターが目の前にいる。喋っている。

「岬さん、どうかしましたか?」

握った手をクイクイ引っ張られるが、抜けた魂はなかなか戻ってこない。

「この方が湖陽さんの彼女?」

小町さんが私を見つめる。
ダメだ! 煌めきオーラで目眩が……。

「おっと」とよろけた身体を湖陽さんが支えてくれた。

「――あっ、すみません。もう、何と申しましょうか……小町さん、サイン下さい!」
< 29 / 151 >

この作品をシェア

pagetop