凪ぐ湖面のように
彼女に振り回され、迷惑を被った人間は数知れず……なのだが、なぜか文句が出ないのも大御所のなせる技?

とにかく、今回の見合いも小町さんにとっては、肥やしのようなものだと分かり、ちょっとホッとする。

「恋人ができたと聞いて、嘘だと思っていたけど、本当だったのね。可愛い人だわ。貴方が自慢するだけあるわ」

小町さんが私を褒めた。似非恋人で『ごめんなさい』なのだが、羽が生えたようにフワフワと飛んでいきそうなほど浮かれてしまう。

「小町さんも素敵です。あぁ、忘れていました。サインの前に握手して下さい」

今日はあの風景に敬意を評して、珍しくワンピースを着た。煉瓦色のシンプルなものだ。よかったオシャレしてきて。そのスカート部分でゴシゴシと手を拭い、勢い良く差し出す。

「あらあら」と小町さんは笑いながら私の手をキュッと握ってくれた。
私の手より幾分小ぶりで、柔らかくて温かい。

「社長の妻より愛なのね。分かったわ、桜智」

桜智……主人公の名前?
湖陽さんが慌てる。

「ヤバい、スイッチ入っちゃった。叔母さん!」と言うが早いか、小町さんの目前でパンと手を打つ。

もしかしたら、カチンコのつもりだろうか?
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