凪ぐ湖面のように
「心配しなくて大丈夫。うちで洗った方が綺麗に落ちるから」

それは遠慮でも何でもないらしい。店で使っている業務用の洗剤が、家庭用のよりも優れものなのだそうだ。だから、素直にその言葉に甘えたが……。

それにしても、と真っ黒なお絞りを見遣り思う。化粧とは……と。

「はい、どうぞ。ミネラルウォーターとコーヒー。いっぱい泣いたから水分補給して下さい」

この人は本当に気が利く。「ありがとうございます」と大振りのグラスに入ったミネラルウォーターをゴクゴクと一気に飲み干す。

五臓六腑に染み渡るとはこういうことを言うのだろう。冷たい水が身体の隅々までに行き渡り、細胞が蘇る。

はーぁぁぁ、と大きく息を吐き出すと、湖陽さんがクッと笑いを噛み殺すのが分かった。

「落ち着いたようだね」
「はい……失礼しました。話半ばで」
「――いいんだ。辛かったら話さなくても」

なぜだかそう言いながらも湖陽さんの方が辛そうに見えた。

「いえ、ここまで話したのですから、もう、全部聞いて下さい」

何となく中途半端に終わるのが嫌だった。何年経ってもなくならない、このどうしようもない胸の内を、誰でもいい、分かち合ってくれる人が居たら……そんな思いをずっと持っていたからかもしれない。
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