凪ぐ湖面のように
「――知らなかったとはいえ、舜にも悪いことをしました」
「彼の期待に応えられなかったわけだ」

ええ、と目を伏せ頷く。

「私が好きなのは海だから……」

「それで?」と湖陽さんは先を促す。

「それっ切り海は姿を消してしまい、舜は友達として側にいてくれました」

大した奴だね、と湖陽さんが小さく呟く。

「それから……海から全く音沙汰がないまま、三年生の前期終了後でした。突然、電話が鳴ったんです。海と私の……さざ波の音が……」

大学に入学した頃、スマホの受信音にちょっと凝っていた。大切な人、一人一人のサウンドを変え、かかってくるたびに、その人の姿を思い描けるようにした。

海の受信音はさざ波の音にしようと思っていたので、夜中にコッソリ録音に行くつもりだった。が、それを海に知られてしまい、『女の子が夜中、一人で海に行くなんて言語道断!』と激怒された。

後にも先にも海があんなに怒ったことはない。心配されたことが嬉しくて、でも、物凄く怖くて……あの時、私は初めて海を男として意識した。

結局、海が付いてきてくれたので、さざ波の音は無事に録れた。だから、そのサウンドは海との思い出の音でもあった。
< 44 / 151 >

この作品をシェア

pagetop