凪ぐ湖面のように
「綺麗! 美味しそう!」

この語彙力のなさ。本当に私は作家だろうか。自分でも情けないが、こんな感想しか出てこない。絶対に食レポと呼ばれる人にはなれないと改めて思う。

そうだ、この流れで、湖陽さんの言葉は聞かなかったことにしよう!

「丸ごと秋、という感じのワントレーですね」
「いいね、その表現頂き! メニューにそう書き足すよ」

嬉々と笑みを浮かべて付け足すように、「で、何を聞かなかったことにしてんの?」と意地悪な顔になる。

どうしてスルーしてくれないの?

美しいイケメン顔に悪魔のような笑みって……犯罪に等しい。罪名は魅惑罪というところだろうか?

「返事は?」

嗚呼、分かった。人タラシ罪だ。
と、現実逃避していると、また頬を抓られる。今度は両頬だ。

「だから、返事は!」
「湖陽はんと、こひでふか?」
「何を言っているのか分からない」

当たり前だ。貴方が喋り辛くしていたのでしょうと軽く睨む。

「湖陽さんとの恋体験ですよね? いいですよぉ、仕事にも役立ちそうですし」
「で、どうして棒読みで、不貞腐れながら返事をするのかなぁ?」

湖陽さんが、さっき抓った頬をクニクニと撫でる。
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