凪ぐ湖面のように
「残念!」湖陽さんが悪戯っぽく笑う。
何が残念なんだ、と瞬きを繰り返し、「着いたんですか?」と訊ねる。

「そう、たった今ね」
「いつも寝ちゃってすみません」
「気にしないで、僕としては嬉しい時間だから」

ドライブするのが嬉しいのか? 恐らくそうだろう。なら、その時間を邪魔せず眠っていて正解なのかもしれない、と自己解決する。

駐車場に車を止め、車から降りると濃い緑の香り包まれる。
こういうのを森林浴というのだろう。思い切り深呼吸をする。

「愛恋の滝、多分知っているよね? この道はその滝に続く道で、山というより小高い丘かな、のんびり行こう」

湖陽さんが言うように、道は清流沿いになだらかに上っているようだ。

愛恋の滝の名は勿論知っている。
那智滝、華厳滝の様にメジャーな滝ではないが、数年前、テレビで放送された『安上がりな癒し。滝特集』で、その名を知らしめた滝だ。

なぜかと言うと、『愛恋の滝』の名が、まさに女性好みの名前だったからだ。

特集以来、恋愛成就のゲンを担ぐ女性が後を絶たず、一躍、時の人ならぬ、時の滝となった。それは今も尚、続いているようだ。
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