凪ぐ湖面のように
ダメだ……今まで築いてきた強固な砦が崩れそうだ。

「――ありがとうございます。でも、だったら尚更、恋人ごっこなんて……」

できない、と言おうとしたが、その口を湖陽さんの口が塞ぐ。

驚き思考が一時停止するが、これだけは分かる。これは断じてキスではない。掌の代わりに口を使っただけ。そんな感じだ。

「――んっ」と息苦しさから声を漏らすと、ようやく湖陽さんの口が離れた。

「なっ、何をするんですか!」

ゼーゼーと肩で息をしながら抗議する。

「うん、反抗的な口をちょっと塞ぎたかったから」
「なら、手で塞いだらいいでしょう!」
「凶悪犯でもあるまいし、恋人同士だよ。こんな時はこうするものだろ?」

『だろ?』と言われて、我が小説を思い出す。

「あっ、『善の悪』あれを読んだんですね」

テヘペロはしなかったが、湖陽さんはイタズラが見つかった子供のように舌をチロッと出して肩を竦めた。

「バレた? あれって良作だね。最後まで犯人が分かんなかった」

どうやら夕姫さんに借りて読んだようだ。

「小説を真似てキス紛いのことをするなんて最低ですね」

ツンとソッポを向く。
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