亡国の王女と覇王の寵愛
 レスティアに入るように促し、彼女がそれに従うと、ジグリットは言った。
「しばらくここで暮らせ。向かい側に図書室がある。周辺の国の歴史書は大抵揃っているから、読んでみるといい。他の国で書かれた自分の国の歴史書など、今まで読んだことはないだろう」
「……歴史書」
 この国には、他国の歴史を記した書物まであるらしい。グスリールでは他の国の歴史など誰も知らない。知ろうとする者もいなかった。
 それはグスリール王国が圧倒的な歴史を誇っているせいでもある。
 我が国の歴史の半分にも満たない国から学ぶことなどないと、何代か前の国王が言っていたと聞いたことがあった。でも実際には、建国二百年にも満たないヴィーロニア王国に、あっさりと攻め滅ぼされてしまったではないか。
 歴史とは、国とは何なのか。ここに来て初めて、レスティアは考えていた。
(グスリール王国の歴史……)
 いまさら無くなってしまった国の歴史を改めて学んだとしても、過去はもう過去でしかない。
 だが、彼がそうしろというからには何か明確な理由があるのだろう。
 両親を殺して祖国を滅ぼした仇には代わりはないし、ジグリットの言うことがすべてだとは思っていない。でもヴィーロニア国王ジグリットは、私欲だけで動いている男ではないような気がしていた。
 彼には彼の信念がある。
 それが何かを知ることが、真実へ到る道なのかもしれない。
 そう思っているとジグリットがレスティアに近付いた。まるで口づけをするかのように顔を寄せられて、びくりと身体を震わせて後退する。
「たしかにお前は無知だった。だが愚かではないようだ。知識を身につけろ。そうすれば真実が見えてくるだろう」
「え……」
 戸惑うように視線を反らした瞬間、顎を捕えられて顔を持ち上げられる。逃れる暇も声を上げる間もなく、唇を塞がれた。
「んんっ」
 それは触れるだけの軽い口づけだったが、狼狽しながらも必死に両手で彼の胸を押し返す。
「何を!」
「願いを叶える代わりだ」
 ジグリットは暴れる彼女からすぐに手を離した。
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