亡国の王女と覇王の寵愛
 頬を紅潮させ、潤んだ目できつい眼差しを向けるレスティアに楽しげな笑みを浮かべる。
「また来る。何か要求があれば言え。可能な限り、叶えよう」
 そして呆然とするレスティアを残して、彼は立ち去っていった。
 足の力が抜けて、その場に座り込んでしまう。どのくらい、そうして座り込んでいただろう。
 いつまでもこうしていても仕方がない。レスティアはようやくそう思い直して、ゆっくりと立ち上がった。
 無意識に、唇に指を当てている。触れるだけの口づけは、少し優しく感じた。
(……彼は敵だわ)
 こんなことでは駄目だと、レスティアは自らを叱咤する。
 ジグリットは敵だ。
 馴れ合ってはいけない。
 それに彼だけではない。この国にいるのはすべて、祖国を滅ぼした敵国の人間だと忘れることのないように心に刻まなければならない。
(負けない。私は絶対に、屈しない)
 皮肉なことに、すべてを奪われたことによってレスティアは強くなった。今までの自分だったら、ただ泣き暮らすだけだっただろう。
 心を落ち着かせようと何度か深呼吸を繰り返し、それから部屋の中を見渡してみる。
 部屋は心地良く整えてあるが、ずっと使われていなかったようだ。
 窓に手をかけて大きく開くと、あの監禁されていた部屋では感じられなかった風が心地良く金色の髪を揺らす。目を細め、レスティアは窓の外を見つめた。
 眼前に広がるのは城下ではなく、王城の内部にある庭園だ。
 さすがにすぐに逃げられるような場所ではないようだ。中央に流れている噴水の水しぶきが陽光を反射して煌めいていた。
 今まで季節を感じる余裕などまったくなかったが、中庭に植えられている木はすっかりその葉を鮮やかな色に染めている。
(これからどうしようかしら……)
 ぼんやりとその光景を眺めながら、レスティアは考えていた。
 向かい側にあるという図書室に行ってみたいが、まだジグリットが近くにいるかもしれない。
 指が、自らの唇をなぞる。
(いくら願いを叶えてくれるからといって、あんなこと……)
 王女だった頃は、誰も許可なくしてはレスティアに触れることはできなかったのに、彼は違う。まるで自分のもののように気安く、唇を奪っていったのだ。
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