亡国の王女と覇王の寵愛
 このあとすぐに、彼と顔を合わせたくはない。
 今日はこの部屋で静かに過ごそう。そう決めて窓の景色を眺めていると、静かに扉が叩かれた。
「……はい」
 誰が訪ねてきたのだろう。
 用心しながらもそう返答すると、ふたりの女性が入ってきた。
 ひとりは身なりのよさそうな、年若い女性。きっと貴族の娘なのだろう。もうひとりは三十代半ばくらいの侍女だ。
「初めまして。ミレンと申します」
 年若い女性は頬を紅潮させながら、囁くような声でそう挨拶をする。どうやらかなり緊張をしているようだ。長い黒髪に青い目をしたおとなしそうな女性だ。
 侍女も挨拶をした。
「私はメルティーと申します。何か御用がございましたら、なんなりとお申し付け下さいませ」
 侍女はそう言うと、深々と頭を下げた。
「……レスティアです」
 義務的に挨拶を返しながらも、レスティアは不思議だった。ふたりはジグリットの命を受けてここに来たのだろう。
 身の回りの世話をする女性ならば、メルティーだけで充分なはずだ。どうして貴族の女性だと思われるミレンまで、傍に付けようとしているのか。
 尋ねたかったが、レスティアはそれを口にしなかった。
 疑問を投げかけても、真実の答えが手に入るとは限らない。さらにここは敵国であり、レスティアが相手の言葉を無条件で信じることが出来ない以上、それは無駄なやりとりになってしまうだろう。
「本日はレスティア様もお疲れでしょうから、ご挨拶だけさせて頂きます」
 そう言うと、ミレンと名乗った黒髪の女性は退出する。
 残ったのはメルティーという名の侍女だけだ。彼女はドレスをいくつか出すと机の上に並べた。どれも派手ではなく上品なもので、色彩も白や淡い色ばかりだ。
「どれになさいますか?」
 どうやらメルティーは着替えの手伝いのために残ったようだ。
 少し迷ったあと、薄紅色のシンプルなドレスを選ぶと、メルティーは手慣れた様子で着替えを手伝ってくれた。さすがにレスティアのために作られたものではないので少し丈が長かったが、彼女は慣れた手つきで上手に調整して、動きやすいようにしてくれる。
 それからお茶を用意してくれた。
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