亡国の王女と覇王の寵愛
 部屋は天井まで届く本棚に囲まれていて、さまざまな本がきっちりと分類されて詰め込まれている。その本棚も、細かな装飾の施された見事なものだ。
 この部屋だけは床に厚手の絨毯が敷き詰められ、足音が響かないように配慮してあった。中央に配置されている椅子とテーブルも、長時間座っていても疲れないように柔らかなクッションが置いてある。それもまた高級品のようだ。
(あれは……)
 その椅子に誰かが座っているのが見えた。
 先客がいるようだ。
 この国の者と必要以上に関わるつもりのないレスティアは、時間を変えてまた来ようと、部屋に戻ろうとした。だがその後ろ姿に見覚えがある気がして、足を止める。
 長い真っ直ぐな黒髪。深い緑色のドレス。それはついさきほどレスティアの部屋を訪れた、ミレンと名乗ったあの貴族の女性ではないだろうか。
 広い室内を見渡してみても、他に人はいない。
 おとなしそうな彼女の姿を思い出し、レスティアは少しだけ話をしてみようと思い直す。もしかしたら何か情報が得られるかもしれない。
 ミレンは、熱心に本を読んでいる様子だった。
 分厚い本は何度も修繕されたような跡がある。きっと古い本なのだろう。声をかけやすいようにと彼女の向かい側の椅子に座っても、顔を上げる様子はない。
 何の本を読んでいるのだろう。
 ふと興味を覚えてその背表紙を覗き込もうとした。するとようやくレスティアの存在に気が付いたミレンは慌てて本を机に置き、椅子から立ち上がった。その本の表紙には、ただ歴史書とだけ記されている。
(歴史書……)
 若い女性が夢中になっているのだから、てっきり恋物語のようなものだと思い込んでいたレティシアは驚く。
「申し訳ありません、レティシア様。ジグリット様に、この図書室に入る許可を頂いたもので嬉しくて……」
 慌てた様子でそう謝罪するミレンの姿に、疑問を抱く。
 この国の貴族の子女であろう彼女が、囚われの身であるレティシアにどうしてここまで気を遣うのだろう。
「いいえ、大丈夫です。邪魔をしてはいけないと思って声をかけなかったのですから。それよりも、この図書室は許可がないと入れないのですか?」
「はい。ここは読書好きの王妃陛下のために作られた、特別な図書館なのです。ですから貴重な書物も多いですし、なかなか許可も下りません」
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