亡国の王女と覇王の寵愛
 だがジグリットの目はまっすぐで、決して揺らぐことのない信念を持っているように見える。
 両親を殺された恨みを忘れたわけではない。
 祖国を滅ぼした敵と馴れ合うつもりもない。
 本当に彼は、仇なのだろうか。
(……わからない。私には)
 真実は遠く、まだその欠片さえも見つけ出せていない。
 だから今はこうして、その手がかりを探し続けるだけだ。それがどんなに小さな一歩でも、続ける限りきっと真実に辿り着く。そう信じていた。
 そんなレスティアの胸中も知らずに、ぱらぱらと手にした本を捲っていたジグリットは、真正面からレスティアを見つめる。
「それで、俺に妃がいると思って怒っていたのか?」
「怒ってなどいません。ただ、不実な人は好みません。それだけです」
 からかわれているのだとわかっている。だから冷静にそう返そうとした。それなのに彼はさらに言葉を続ける。
「俺はまだ独身だ。ならば不実な行為にはならないな」
「なっ……」
 たとえ独身でも、相手の承諾を得ずに唇を奪うなど不実な行為だ。
 激昂して立ち上がったレスティアは、その拍子に机に足を打ち据えて、思わず呻き声を上げる。
「痛っ……」
「あまり慌てるからだ。見た目に寄らず、落ち着きがないようだな」
 誰のせいで。
 思わずそう言いかけたが、ジグリットは立ち上がり、椅子に座り込んでいるレスティアの前に跪く。
「え?」
 あの威風堂々とした彼がそんなことをするとは思わず、驚いて目を見開いた。
「痣になっていないか? 見せてみろ」
「きゃああっ」
 ドレスを捲り上げられ、悲鳴を上げて必死に裾を押さえる。
 彼はそんなレスティアの抵抗などまったく意に返さずに素足を露出させると、その白い足をゆっくりと撫でた。
「痣も傷もないようだな」
「や、やだ……。触らないでっ」
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