亡国の王女と覇王の寵愛
 必死に身を捩って逃げようとするが、軽く掴んでいるだけに見えるジグリットの手は力強く、どう足掻いても抜け出せない。
「泣くな。何もしない」
 泣き出しそうになっているレスティアを宥めるように、黄金に輝く髪を撫で、ジグリットは立ち上がった。
 解放されたことに安堵して、椅子の上で膝を抱きかかえる。
「私はあなたに屈したわけではないわ」
「……あの崩れゆく王城で、ただ怯えていた王女が短期間でよくここまで変わったものだ。お前は興味深い。もし何か望みがあれば、叶えよう」
 そう言われ、レスティアはすぐには答えずに唇を噛み締める。ここで何かを要求してしまえば、彼のあの行為を許してしまうことになるのではないか。
「そう警戒するな。今回は同じことはしない」
 要求したらまた口づけされるのではないかと警戒するレスティアに、ジグリットはそう告げる。
 そうだとしても、彼は敵だ。
(でも私には何もないから……)
 身を守る術も危険を回避する知識もない。
 でもだからこそ、このチャンスを無駄にしてはならないと思い直す。レスティアは一度だけ深呼吸をすると、目の前に立つジグリットを見上げた。
「百五十年前にグスリールで起きたと言われている、ある事件の真相を知りたいのです」
「それがお前の望みか。いいだろう。叶えてやる」
 彼はそう言うと、レスティアの髪を撫でた。

 ジグリットが去った後もしばらくそこで本を読み、それから図書室から自室に戻ったレスティアは、夕食を取ったあとは宛がわれた部屋で寛いでいた。
 少しだけ開いた窓から入ってくる風が心地良くて、寝台の上に座ったまま目を閉じている。その膝の上には、図書室から借りてきた本が広げられていた。
 あの図書室は基本的に閲覧だけらしいが、特別に貸し出しを許可してくれた。
 ジグリットの好意には裏がありそうだ。
 それでも図書室だけで読むには限界があったので、今はそうすることにした。利用できるものはすべて利用するくらい貪欲でなければ、とても真実には辿り着けないだろう。
 頼んだ事件の資料も、ミレンが該当箇所を抜擢して読みやすくまとめてくれるらしい。
(それにしても本当に、何を考えているのかわからない人……)
 レスティアの意識は、膝の上に広げられた本にはなかった。
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