亡国の王女と覇王の寵愛
「グスリール王国は、今はこの国の支配下にある。ヴィーロニア正妃になれば、国の政治にも関われるぞ。俺は、ただ美しいだけの飾り物の妃など必要としていない」
「政治に」
 その言葉は国と家族を失い、ただ歴史を学ぶことだけを生きる目的としてきたレスティアの心の奥深くに浸透してくる。
 あがらうことができなくなるくらい、深く。
(国はなくなっても、その土地に生きる人達が失われたわけではない……今からでも、私にできることがあるの?)
 歴史を知るにつれ、レスティアは今までの自分がどんなに愚かだったのか思い知った。
 国を省みず、国民の生活を知らず、ただ甘やかされていたあの頃の償いをしたかった。
 それが、彼の妻に……。
 ヴィーロニア王国の王妃になれば、できるかもしれない。
 迷うレスティアを導くように、ジグリットは彼女の手を取った。
「……それは政治的なもの?」
 亡国の王女を妻にすれば、たとえグスリール王国の残党が兵を挙げたとしても、その旗印はなくなるだろう。
 だがジグリットはそれを否定する。
「違う。俺の意志だ。だからお前も、自分の意志で選べ」
「私の……」
 グスリール王国の最後の王族として、たとえ滅びても最後まで誇り高く生きるか。
 それとも、余計なプライドは捨てて敵国の王妃となり、グスリール王国の民のために生きるか。
 ジグリットに言われて祖国の歴史を学び出したレスティアの答えは、もう決まっていた。
 女王にはなれなかったが、滅びた祖国に生きる人達のために、できる限りのことをしたいと願う。
「私はあの国に生きる人達に、償いをしたい。そのためなら、手段は選ばないわ」
 そう答えると、ジグリットは満足そうに笑う。
「お前ならば、そう答えると思った」
「でもあなたに、私を妻にして得をすることはあるの? 国がなくなった今、私の存在意義なんて、グスリール王国の血を引いていることだけだわ」
 七百年続いた最古の王家の血を引くことは、もしかしたら古い価値観を大切にする者には重要なことかもしれない。
 だが、ジグリットはそんなものを欲しないだろう。そんな彼が自分に求婚した理由がわからなかった。
< 45 / 103 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop