亡国の王女と覇王の寵愛
(……私)
 わずかな戸惑い。
 だが、強制されたものではない。
 決めたのは自分自身だと、レスティアは顔を上げる。
「今日はゆっくりとお休み下さい。何か召し上がりますか?」
 レスティアは頷く。
「ええ、そうね。何か飲み物と、果物をすこし」
 そういえば朝から何も食べていないし、喉が渇いていた。
 それにどんなに覚悟を決めたとしても、あまりにも急激な環境の変化に戸惑っている。お茶を飲んで何かを口にすれば、少しは落ち着くかもしれない。
 メルティーはすぐにお持ちしますと言って、部屋を出て行く。
 ひとりになったレスティアは、改めてこの広い部屋を見渡した。
 どうやらここは寝室らしく、奥にはまだ部屋があるようだ。戸惑いながらも少しだけ興味を覚えて、そっと扉を開けてみる。
「あっ」
 寝室と同じくらいの広さの部屋。
 そこは、四方を本棚で囲まれた図書室になっていた。あの先代の王が、妃のために作ったというものよりもさらに広く、多くの本が並べられている。
(この本は、もしかして……)
 入り口近くの本棚から一冊、手に取ってみる。表紙に書かれていたのは、懐かしい祖国の文字。ここにあるのはすべて、失われた祖国グスリール王国のものだった。
 ジグリットが、誰のために図書室を作ったのか。
 聞くまでもなくわかった。
 彼もまた自分の妃のためだけに図書室を作った先代の王のように、グスリールから戦火を逃れた本を集め、こうして用意してくれたのだろう。棚や椅子の造りなども、前王妃の図書室に劣らないくらい質の良いものだ。
(私のために……)
 突然降りかかった運命に対する戸惑いが、少しずつ消えていく。
 便宜上の政略結婚のようなものだと思っていた。
 だがジグリットは、レスティアが想像していたよりもずっと真摯に迎え入れてくれた。
 初めて彼に対して穏やかな感情を抱き、淡く微笑む。
 そして決意を新たにした。
(私は、必ず真実に辿り着いてみせる)
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