亡国の王女と覇王の寵愛
 王女はそんな態度に怒りを覚えるよりも、今はただこの状況が、目の前にいる男が恐ろしくて仕方なかった。
 何が起きているのか、何をされるのかわからず、捕えられた腕が細かく震える。
 男はそんな彼女を一瞥すると、歪んだ笑みを浮かべる。それは獲物をいたぶる猛獣のような、恐ろしいものだった。
「よし、王女を捕えたか。国王と王妃はあの御方が始末した。……これでようやく、七百年も続いた忌々しいグスリール王国も終わりだ」
 レスティアの顔色が変わっていく様を楽しむように、男はゆっくりとそう告げた。
(そんな……)
 絶望とともに、その言葉が胸に染み込んでいく。
 彼の言うあの御方が誰なのか、それを考える余裕などなかった。
 唯一理解できたのは、父と母がもう殺されてしまったのだということだけ。
(どうして……。何が起こっているの? お父様、お母様……)
 日常は、こんなにもあっけなく消えてしまうものなのか。
 窓の外から破壊音が聞こえる。
 美しい王城は無残な瓦礫の山となり、大陸最古の王国として栄えたこの国は消えようとしている。
 たったひとり残された王女のレスティアはなす術もなく、無様に床に座り込んで震えていた。
「これから報告に行く。お前達はここで見張りをしていろ」
 尊大な態度の男はそう言うと、壮年の男を従えて部屋を出て行く。残されたのはレスティアと、彼女を連行した若い二人の男だけ。
 若い男達は落ち着かない様子で窓の外を見つめたり、うろうろと歩き回ったりしていた。
 出て行ったあの二人とは違い、彼らはそんなに場慣れしているわけではないようだ。あまりにも衝撃的な事実を聞かされたレスティアは、逃げることもせずにただ座り込んでいた。
(お父様……。お母様……)
 まるで枯れてしまった花のように、レスティアは力なく座り込む。
「な、なんだ?」
 その時、部屋の中にいた男達が、ふいに表情を険しくした。
 部屋の外が騒がしくなったのだ。
 叫び声。
 剣を交えているような金属音。
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