亡国の王女と覇王の寵愛
「レスティア様?」
 誓いを胸に、祖国の文字をなぞっていると、寝室の方から声がした。メルティーが戻って来たのだろう。
 本をもとの場所に戻して寝室に戻ると、果物とお茶を持ったメルティーが部屋の中を見渡していた。レスティアが部屋に入ってきたのをみて、安堵した様子でそれを机の上に置く。
 香草茶の良い香りが漂っている。果物も新鮮なものばかりだ。
「召し上がったら、もう少しお休みになられたほうがよろしいかと思います。まだ熱が下がったばかりですから」
 彼女の言葉に素直に頷くと、メルティーは部屋を出ていく。
 それでも喉を潤し、果物を少し口にすると、レスティアは隣の部屋へ向かった。そこから何冊か手に取り、そのまま寝室に戻ると、寝台に座って持ってきたグスリール国の歴史書を広げる。
 真実を知りたいと願う心は、以前よりもずっと強くなっていた。
 柔らかな寝台はとても心地良くて、横になってしまいたい誘惑が何度も訪れたが、それを振り切って読書を続けていた。
「やっぱり革命のことなんて、どこにも書いていないわ」
 やがてその本を読み終わると、溜息をついて閉じる。
 懐かしい祖国の文字で書かれた歴史書は、とても綺麗な装丁だ。あまりにも美しすぎて、まるで飾り物のような印象を抱いてしまう。
(ううん、外見だけではないわ。中身もそう)
 綺麗な言葉で綴られている華やかな歴史。
 そこには事件や災害などひとつも書かれていない。きっとレスティアが今まで生きてきたのも、これと同じなのだろう。
 美しいものだけで彩られた、作り物のような世界。
 やはり真実を知るには、他の国で書かれた歴史書を読むしかないだろう。
「向こうの図書室に行きたいけど……」
 今日一日は休むように言われていたから、着替えも用意されていない。
 さすがに部屋着のままで外に出るわけにはいかない。
 今日はおとなしくしているしかないだろう。本をもとの場所に戻し、仕方なく寝台に横になる。
 目を閉じると浮かんできた光景は、懐かしいグスリール王国のものではなく、国と歴史を語る真摯な覇王の目だった。
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