亡国の王女と覇王の寵愛
 涙が頬を伝い、滑り落ちていく。ジグリットの指がそっと涙に濡れた頬を拭った。
 優しいしぐさだった。
「泣くな。お前を泣かせるために真実を知れと言ったのではない。過去は教訓にするべきだが、心の傷にする必要はない。無知だったのならば、学べばいい。後悔しているのならば、二度と同じ過ちを繰り返さなければいい」
「……はい」
 国とは何のためにあるのか。誰のためにあるのか。
 ジグリットに問われた時は答えることができなかったが、今ならわかる。国とは、そこに住む人々のためにあるのだ。
 それを口にすると、ジグリットは満足そうに微笑んだ。彼を納得させる答えが出せたことに、レスティアの胸にも喜びが広がっていく。
 ふと、疑問が胸にわき起こる。
(この人は、どうして他国に次々と兵を進めているのかしら)
 彼はただの暴君ではないと、今ならば思う。
 だからきっと何か深い理由がある。それも真実を探し続けているうちに、きっとわかってくるだろう。
 レスティアは、向かい側に座っているジグリットを見つめた。彼はよほど疲れているのか、机に片肘を付いて目を閉じている。
 仇と憎み、せめて一矢報いたいと、彼の訪れを待っていたときのことを静かに思い出す。
 あの時は自分が覇王の妻になるなんて、もっと彼のことを知りたいと思う日が来るなんて想像もしていなかった。
「ジグリット? きちんと休まないと……」
 想像していたよりもずっと優しい声が出たことに驚きながらも、レスティアはそっと促す。
「……ん」
 彼は目を閉じたまま小声でそう答えると、レスティアを抱き上げて寝台へ運んだ。
「きゃっ」
 突然の浮遊感に驚いて、その背にしがみつく。レスティアを抱いたまま広い寝台に横たわったジグリットは、そのまま目を閉じてしまう。
「……話したいこと、があったが。……それは明日だな」
「離してください。私は……」
 腕の中に取り込まれ、身動きがとれないまま抗議する。
 部屋着だったとはいえ、このままではドレスが皺になってしまうだろう。
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