亡国の王女と覇王の寵愛
 彼だって正装したままだ。必死にその腕の中から抜け出した頃には、もうジグリットはすっかり寝入っていた。
「もう……」
 あまりにも無防備な姿に、思わず苦笑する。
(この人は私が一度、命を狙ったことを忘れているのかしら……)
 それでもこんなに信頼されてしまうと、悪い気はしない。レスティアは苦労して彼の身体から上着とブーツを脱がせ、ナイトドレスに着替えてから、隣に横たわった。
(これでは、何だか本当に夫婦みたい)
 思わず柔らかな手触りの赤い髪に指を絡ませ、そう微笑んでから目を閉じる。
 普通の夫婦のような存在にはならないだろうと思っていた。それなのに、こんなふうに寄り添うだけの穏やかな夜を過ごせるなんて思わなかった。
 胸に幸福感が満ちる。
 そんなことを思って、眠りに付いた夜だった。

 レスティアは彼に寄り添ったまま、眠りに落ちていた。
 背中に感じる温もり。こんなに安心して眠ったのは、どのくらい久しぶりだろう。夢も見ずに朝を迎えていた。
「ん……」
 太陽の光が眩しい。
 ゆっくりと眠ったからか、身体が軽い。
 目が覚めた時には、もう寝台にジグリットの姿はなかった。
 ジグリットが寝ていた場所に手を当ててみたが、そこはもう冷え切っていた。
 随分早く目を覚ましたのだろう。
 起こさないように気を遣ってくれたのかもしれない。
 ひとりきりで目覚めたことに、ほんの少し寂しさを覚えながら、身体を起こす。
(……晴れたのね)
 窓の外には青空が広がっている。
 北方に位置するこの国はこれから厳しい季節を迎えるが、ここ最近は天気の良い日が続いている。
「目が覚めたか?」
 部屋の奥から声がして驚くと、窓から外を眺めていたジグリットがレスティアを見つめていた。どうやらレスティアが目を覚ますまで待っていたようだ。
「昨日、言いそびれてしまったが、会ってほしい者がいる」
「私に、ですか?」
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