亡国の王女と覇王の寵愛
「ああ。着替えをして待っていてくれ。迎えにくる」
 そう言うと彼は、レスティアの額に軽く口づけをして部屋を出ていく。
(誰かしら……)
 その後ろ姿を見送りながら、このままぼんやりと過ごしたい誘惑に駆られる。それでも昨日のジグリットの言葉を思い出して、急いで着替えようと寝台から抜け出した。
 侍女のメルティーを呼んで身支度を整え、彼が迎えに来る前に軽く朝食をとった。
 これから会う者は誰なのか、レスティアは考える。
 亡国の王女として会えばいいのか、それとも王妃になる身として会えばいいのかわからずに戸惑う。
 王女としての礼儀作法は完璧だったが、それでもこの国では勝手が違うかもしれない。少し緊張しながら待っていると、扉の前に居る女騎士の声がした。
 ジグリットが来たようだ。
 昨日のような正装ではなくとも、昼に会う彼は堂々とした国王の顔をしている。国王としての彼は感情をあらわにしないが、レスティアとふたりきりだと違う顔をするようになってきたと思う。無理をするなと怒ったり、よくやったと褒めてくれたりする。そのことがほんの少しだけ、嬉しいと思う。
 そして彼に連れられて部屋を出る。最初の幽閉部屋を出てから、王族の居住区域を出るのは初めてかもしれない。
(どこに行くのかしら?)
 背後にはふたりの女騎士が付き添い、ジグリットの前には大振りの剣を携えたひとりの騎士がいる。騎士はある部屋の前で立ち止まると、振り向いてジグリットを見つめ、彼が頷くとゆっくりと扉を開いた。
 部屋の中は応接間のようだ。白く磨かれた床と、緋色の絨毯がとても美しい。その中央にある椅子にひとりの男性が座っていた。彼を見張るように、その左右には武装した騎士の姿がある。
 まだ若い男性だ。
 服装は粗末なものだし、長い金色の髪は乱れている。だが手足は白く、その立ち振る舞いに気品があるように見える。貴族なのかもしれない。
 そんなことを思っていたそのとき、背を向けて座っていた彼は、こちらの気配を察して振り向いた。レスティアと同じ、透明な緑色の目が驚いたように見開かれる。
「レスティア!」
 叫びに近いその声には、聞き覚えがあった。
「まさか、ディア兄様?」
 あまりにも変わってしまっていて、すぐに気が付かなかった。
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