亡国の王女と覇王の寵愛
 すぐ向こう側で戦闘が繰り広げられているかのような音に、絶望に浸っていたレスティアも息を呑む。
「もう終わったはずじゃ……」
 動揺した様子の男達は、そう言いながら剣を手にして部屋を飛び出していった。
 もし残っていたのがあの壮年の男だったら、せっかく捕えた王女を残して部屋を出て行くことはなかっただろう。だが若い彼らは状況をよく把握しないまま、焦燥に駆られて飛び出して行った。
 唐突に訪れた静寂。
 暗い部屋に、レスティアはひとりで残された。
(どうしよう……)
 細い指を組み合わせてきつく握り締める。
 ひとりになったことで恐怖は少しだけ和らぎ、ようやくこれからのことを考える余裕ができるようになっていた。
 このままだと殺されてしまうだけだ。
 父も母も亡くなってしまった今、たったひとり残されたグスリール王国の王女として、レスティアは何としてもここから逃れなければならなかった。
 耳を澄ませば、荒々しい物音や怒声が聞こえてくる。
 騒がしい外に出て行くのは恐ろしい。だがこれを逃してしまったら、もう二度とこのような機会はないかもしれない。
(怖い……。でも、私は生きなくては)
 震える手足に力を込め、決死の覚悟で部屋を出た。息を殺し、落ち着きなく左右を見渡してみるけれど、周囲に人影はない。
 逃げるのならば、今しかないだろう。
 レスティアは覚悟を決めるように唇を噛み締め、片方だけになってしまった靴を脱ぎ捨てた。緊張のせいで満足に動かない足を必死に動かして走り出す。
 周囲に人影はない。
 広い王城内を、出口がどこかもわからないまま、ただひたすら走った。
 少しでも、あの部屋から遠くへ。
 そのまま走り続け、胸の鼓動が限界まで近づいてようやく足を止める。
「……、……」
 苦しくて、もうこれ以上は走れなかった。
(少し、休まなくては)
 必死に呼吸を整える。
 周囲に人気がないことを確認してから、近くにある部屋に隠れた。
 まだ危険な状況から完全に脱したわけではない。それでも、もう少し休まないと動けそうになかった。

< 6 / 103 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop