亡国の王女と覇王の寵愛
 背後で守られるだけではなく、傍に立てる人間になりたい。
 そう願い、レスティアは毎日のようにミレンを自室に呼んで、図書室の本を読み耽って知識を深めようとしていた。
「わかりました。どうか気を付けて」
 まだ王妃としては未熟すぎて、後は任せて欲しいなんてとても言えない。それでもいつかは、彼を支える妻になりたかった。
「ああ。お前もあまり根を詰めるなよ。身体を大切にな」
 額に、触れるだけの優しい口づけ。レスティアも満面の笑みで答えて頷いた。
 しあわせだった。
 贅沢を極めていた祖国の王城と比べると、ヴィーロニア王国のそれはとても質素だったが、それでも接する人達はみんな親切で好意を持って接してくれる。最初から王妃になるつもりではなかったとはいえ、夫となるジグリットも深い愛情を注いでくれる。
 父と母はもういない。
 だけどただひとり残された身内のディアロスと一緒に、グスリール王国だった土地に住む人々のために働けたら、もう何も言うことはなかった。

 そうして翌日、ジグリットはリステ王国に旅立った。
 レスティアの警備は以前よりも厳重になり、日中はメルティーが常に部屋の中にいてくれるし、扉の前だけではなく窓の外にも警備兵が配置された。
 あまりにも厳重な警備は少し窮屈に感じてしまうが、ジグリットがそれだけ案じてくれているのだと思えば、問題なく受け入れることができた。
 あとはただ、ジグリットの安全を祈るだけだ。
(リステ王国は、向こうの方向かしら……)
 ときどき、読書の手を休めて、窓の外を見つめる。
 こうして離れてみると、自分の気持ちがよくわかる。
 最初は、愛などではなかった。
 ただ失われた祖国のために、妻になることを承諾したにすぎない。
 それなのに彼から注がれる愛情に、レスティアの心はすこしずつ応えていく。ここ数日で、抱き始めたばかりのまだ幼かった愛が、彼と離れて過ごすことによって強く大きく育っていくのがわかる。
 こんなことを思う日が来るなんて、思わなかった。

 その事件が起こったのはこの王城が主不在になってしまってから三日目の夜のことだった。
< 63 / 103 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop