亡国の王女と覇王の寵愛
 メルティーも自室に下がっていた真夜中過ぎ。
 制止しようとしている護衛の女騎士を退け、部屋の扉を叩く音がする。そこから聞こえてきた声はイラティのものだった。
 警護の女騎士もいてくれることだし、あまりにも切羽詰まった様子にレスティアは扉を開けて、様子を伺った。
「……こんな時間に、申し訳ありません」
 思い詰めた様子の彼女は、そう言ったきり俯いてしまった。
 何か言いたいことがあるようだと察したレスティアは、彼女を部屋に迎え入れ、椅子に座らせる。
「メルティーはもう下がってしまったから……」
「いえ、どうかお気遣いなく。こんな時間に押しかけてしまったわたくしが悪いのです」
 まるで周囲の目を気にしているかのような小声でそう呟くと、イラティは机の上で両手を固く握り締め、何度か深呼吸をしている。
(もしかしてディア兄様に何かあったのかしら?)
 不安を感じながらも彼女が落ち着くまで、レスティアは辛抱強く待っていた。
「じつは、ディアロス様のことなのですが」
 やがてイラティはようやく話し始める。
 それは予想していた通り、ディアロスに関する話だった。
「昨日から食事どころか水も口にしません。体調もよくないご様子で、このままでは倒れてしまうかもしれません。そしてずっと、レスティア様にお会いしたいと言っているのです」
「……兄様が」
 思い出したのは、まだ幽閉部屋に閉じ込められていたときの記憶。
 あのときのレスティアはすべてを失い、死んでも構わないと思っていた。
 祖国や両親を奪ったヴィーロニアにいるというだけで耐えられなかった。きっと今のディアロスも同じなのだろう。
 何もわからないまま、ただレスティアの身を案じて、窓もないあの暗い部屋で過ごしている。どうすることもできない焦燥が胸に込み上げてきて、いつのまにか掌を固く握り締めていた。
 イラティもいつもならば、ジグリットに指示を仰ぐのだろう。
 だが今、彼は遠征のために不在で、どんなに急いでもすぐには戻れない場所にいる。彼の帰還を待っていてはディアロスは死んでしまうかもしれない。だからこそイラティはレスティアのもとを訪れたのだ。
(……どうしよう)
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