亡国の王女と覇王の寵愛
 ディアロスに会うときが近付いて来る。
 逃げ出したくなる気持ちを必死に堪え、レスティアは両手を固く握り締めていた。
 大切に守られていたのは身体だけでなかった。どんな批判にも非難にも晒されたことのなかった心は、こんなにも脆い。    
「私は、強くなんか……」
 呟いた言葉が誰もいない部屋に虚しく響いていく。自分の肩を抱くようにして手を回した。夜気に晒された身体はすっかり冷え切っていた。
 けれどその冷たさは、レスティアにジグリットを思い出させた。
 どんな時も迷いなくまっすぐに前を向いている、あの目。
 時には傲慢とも思えるその強さは、レスティアにはないものだ。知らなかったのならば学べばいい。そう言っていた彼なら、きっとこう言ってくれるだろう。
 弱いのが嫌ならば、強くなればいい、と。
(なるわ。私、きっと強くなってみせる)
 迷い、戸惑っていたレスティアの目に強い光が宿る。
 ジグリットと一緒に、あの国に住んでいる人達の生活を建て直そうと、そう誓ったのだ。
 迷ってばかりいるレスティアの人生は、これからも後悔は尽きることはないかもしれない。もう、後ろは振り返らない。
 部屋を訪れたメルティーにディアロスに会いに行くと告げ、護衛の手配をしてもらう。朝食はまだ喉を通りそうになかったから、帰ってきてから食べると断って、それから身支度を整える。
 だがもう出発しようというときになって、ディアロスからの伝言を携えてイラティが尋ねて来た。
 それはレスティアの面会を拒む、彼の言葉だった。

 それから、数日。
 レスティアは自室でひとり、物思いに耽っていた。
 この国に来てから、どれくらい経過したのだろう。
 ぼんやりと窓から外を見つめながら、レスティアはそんなことを考えていた。
 期間にしてみるとそうたいした時間ではない。でも振り返ってみると、もう何年も過ごしたような気持ちになってしまう。
 それだけ充実した時間を過ごせていたのだろう。
 色鮮やかに染まっていた木々もすっかりと葉を落とし、何かを掴もうとしている手のように、細い枝を空に向かって伸ばしている。風も随分冷たくなってきて、たとえ晴れた日でも、窓を開けていると肌寒さを感じるようになってきた。
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