亡国の王女と覇王の寵愛
 蒼白な顔をした彼女は、レスティアの足下に縋るようにして座り込んでしまう。
「イラティ様?」
 血の気が引いた顔。自らの肩を抱くようにして震えている様は、尋常ではない。
 頼むよりも先に温かいお茶を淹れてくれた。レスティアは震えるイラティを抱き起こして、椅子に座らせる。
「大丈夫ですか?」
 温かいお茶を手渡そうとして、彼女のドレスの袖が汚れていることに気が付く。黒にも見える、赤い染み。独特の臭気から、それが飛び散った血であるとわかった。
「何があったの?」
 飛び散った血の染み。蒼白になってまともに会話もできないイラティ。彼女がここまで取り乱す原因は、ひとつしかないように思える。
(ディア兄様!)
 気が付けば部屋の外に飛び出していた。
 レスティアがそんな行動に出るとは、誰も予想できなかったのだろう。制止しようとしたいくつもの手は、彼女に届くことなく虚しく空を切る。
 もし、ディアロスに一度会っていたら、彼に面会を拒まれなかったらレスティアはここまで動揺しなかっただろう。ここ数日ずっと心の中に籠もっていた罪悪感が、彼女を突き動かしてしまっていた。
 そのまま誰にも邪魔されずに、ただディアロスが無事であるかどうか確かめたくて、広い王城の中を彷徨うように歩き続けていた。
(兄様……)
 急いで歩いているせいもあって、胸の鼓動が速くなっているのがわかった。
 息が切れる。喉の奥が痛んだ。
 それでも今だけは自分の身体のことよりも、ディアロスの安否がレスティアの胸を占めている。
 優しかったが、誇り高い一面もあった彼は、敵国に囚われた捕虜という立場に耐えられなかったのかもしれない。
 あのとき。
 イラティの言うようにすぐに会いに行っていけば、こんなことにはならなかったのだろうか。もう後ろは振り向かないと決めたはずなのに、沸いてくるのは後悔の念ばかり。知らずに溢れ出てくる涙を拭いながら、方向もわからないままにひたすら歩いた。
 王城内をほとんど知らないせいで、いつの間にか見知らぬ場所に迷い込んでいたようだ。左右を見渡してみても同じような部屋が続き、方向がわからなくなっていた。迷ったのだと気が付いて、ようやく足を止める。
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