亡国の王女と覇王の寵愛
 場所もわからないまま、歩き回っても仕方がない。
 何よりも、こんな自分勝手な行動をして周囲の人達に迷惑をかけてはいけないと思い直す。
 いくら王城内とはいえ、ひとりきりで歩くのは王妃としてあまりにも軽率だった。
「戻らなくては……」
 踵を返し、歩いてきた道を慎重に辿る。きっと心配した護衛の騎士達が探している。
「あっ」
 ある部屋の前を通りかかった時だった。
 わずかに空いていた扉の中から、白い手が伸びてきてレスティアの腕を掴んだ。振り払う暇もなく部屋の中に引き摺り込まれ、床に倒れ伏す。膝を打ち据え、痛みに小さく声を上げた。
「レスティア」
 そんな彼女に部屋の奥から、小さく呼びかけた声。それはたしかに聞き覚えのあるものだった。
「……に、兄様?」
 レスティアは用心深く、周囲を見渡した。どうやらここは、今は使われていない部屋のようだ。
 少し澱んだ空気。
 部屋の隅に並べられている調度品には、埃除けの為に白い布が掛けられている。カーテンがきっちりと閉められているせいで、まだ昼間なのに薄暗い。
 そのぼんやりとした視界の中に、自分に向かって差し伸べられた白い手が見えた。レスティアはそれから逃げるように後退する。
 心配よりも不審と恐怖が勝り、警戒しながら背後を振り返る。
 早くこの部屋から逃げなければ。
 そんなレスティアの様子を察したのだろう。白い手が奥に引っ込み、ふと眩しい光が視界を遮った。思わず目を背けると、腕を掴まれる。
「やっ……」
「レスティア。暴れないで」
 耳もとで囁かれた声。
 それは間違いなくディアロスのものだった。カーテンが少しだけ開かれ、そこから差し込む陽光が彼の姿を照らし出す。
「ディア兄様。……どうして、こんな場所に」
 見ればその腕には、血に染まった布が巻かれていた。色からして、イラティが身に付けていたドレスだろう。彼女は急いで応急手当をしてくれたようだ。
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