亡国の王女と覇王の寵愛
「誰にも知られずに、ふたりきりで話がしたかった。そのためにはこうするしかなかったんだ」
 血に染まった腕を隠そうともせず、彼はレスティアの頬を撫でる。
 以前と変わらない、優しいしぐさだった。
「そのために、わざと?」
「ああ。普通の手段では、君は決してひとりきりでは尋ねて来てくれないとわかったからね」
 その言葉も優しかったが、その中にわずかに責めるような響きを感じ取ってレスティアは俯く。
「ごめんなさい。私……」
 謝罪しようとするのを遮って、ディアロスはレスティアをしっかりと抱き締めた。
 強い抱擁。
 肩に回る腕に今までとは違う熱を感じて、思わずびくりと身体を震わせる。
「そうしなければならなかった立場にあると、イラティに聞いたよ。君が、あの男に何をされたのか。守れなくて、すまなかった……」
(イラティ様が?)
 震えるディアロスの声。
 そこには後悔と憤怒が宿っていた。
 レスティアはその声色よりも、彼の言葉に思わず眉をしかめる。
 それでは無理矢理ジグリットに奪われ、妻にされてしまったようではないか。そうではないと、イラティも知っているはずなのに。
「兄様、違います。私は自分で」
 その誤解だけは解かないと、ディアロスは怒りに我を忘れてしまい真実には辿り着けないだろう。そう思ったから、これだけは伝えようと口を開く。
「よりによって、君の両親を殺した仇の妃にされてしまうとは」
 けれど反論の言葉は、その衝撃的な言葉を前にして砕け散ってしまいそうになる。レスティアは咄嗟に言い返していた。
「違うって、言っていたわ。ジグリットは私の両親を殺していないと」
 その言葉を信じていた。
 彼は仇ではないと結論を出した、自分の心も信じていた。
 でも、あの日。
 部屋の隅で隠れていたレスティアと違って、ディアロスは国王の、両親の傍に居たはずだった。そんな彼が告げる言葉は、今まで信じていた世界を破壊してしまうほどの力を持っていた。
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