亡国の王女と覇王の寵愛
「レスティア。君は今まで大切に守られ、誰からも愛されていた。人から裏切られたり、憎まれたことなど一度もなかったはずだ。そんな純粋な君を騙すことなんて、あの覇王にとってはあまりにも簡単だっただろう」
 慰めるように優しく告げられた言葉は、レスティアの心を激しく乱す。
「嘘、嘘よ。だって私のことを」
 あんなに真剣に愛してくれた。大切に扱ってくれた。
 捕えた亡国の王女などどうすることもできたのに、知識を与え、真実に辿り着けるように導いてくれた。そんな彼が自分を騙していたなんて、たとえ大好きだった従兄の言葉でも信じられるものではない。
 必死に首を振り、腕の中から逃げようとする彼女を強く抱き締め、ディアロスは続ける。
「あの男は愛していると言ったのか? きっと言っただろう。君が思っている以上に、七百年続いたグスリール王家の血は価値がある。手に入れるためならばそれくらいの嘘は言うはずだ」
 信じない。信じたくない。
 ジグリットの愛は本物だった。だからレスティアも答えたのだ。
 優しく背を撫でようとするディアロスの手を振り払い、レスティアは顔を上げる。
「私は彼を信じています。ジグリットは、そんなことをするような人ではありません」
 毅然として伝えた言葉。
 それを聞いたディアロスは、初めて見る厳しい目で彼女を見つめた。
「ならばレスティア。君は自分の意志でここに残り、ヴィーロニアの正妃になると言うのか」
「……そうです。自分でそう決めたのです」
 大好きだった従兄に、兄のように慕っていた人にそんな目で見つめられるのはつらかった。でもそう決断したことを後悔してはいなかった。
 今までの労るような態度は消え失せ、レスティアの手を離した彼は皮肉そうに問いかける。      
「君を連れてここから逃げようと思っていた。だがその必要はなさそうだ。それで、ヴィーロニアの王妃陛下は逃げ出した囚人をどうするつもりだ?」
「どうって、私は兄様をどうにかするつもりは……」
 さきほどまでジグリットに向けられていた憎悪。
 それが自分にも向けられたと、はっきりわかってしまう。大好きだった従兄は、もうレスティアに微笑みかけてはくれない。
「君にはなくても、あの男には間違いなくあるだろう。逆らう者には容赦しない男だ。脱走したことが知れたら、間違いなく処刑される」
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