亡国の王女と覇王の寵愛
 それで彼がどれだけ急いで帰ってきてくれたのかわかった。弱った心にその優しさはまっすぐに入り込んで来て、思わず涙が滲み出る。
 もし彼に思惑があったとしても、きっとこの愛は本物だと信じて、自分から手を伸ばしてその背中を抱き締める。
「ごめんなさい、私」
「もう大丈夫だ。俺が傍にいる。まずはゆっくり休んで、身体を回復させてくれ」
 優しい言葉。頬を撫でる指も、背を抱き締める腕もすべてが優しい。
 ジグリットが傍にいてくれる。
 そう思った途端、安堵からか身体から力が抜けていく。
 彼は崩れ落ちるレスティアの身体をゆっくりと寝台に横たえ、彼女が眠りに落ちるまでずっと手を握っていてくれた。
 それは久しぶりに訪れた、安らかな時間だった。

 それでも事態はレスティアの想像以上に悪化していた。それを知ったのは、翌朝のことだった。
 ようやく柔らかく煮た野菜のスープくらいならば食べられるようになり、食事の間もずっと傍に付き添ってくれていたメルティーに、ディアロスのことを尋ねてみた。
 あのとき。
 ジグリットが不在とはいえ、レスティアの身を心配した彼はいつもより警備を強化していた。そんな状態で彼は、この王城から逃れられたのだろうか。だが不安そうに尋ねても、メルティーは答えてはくれなかった。
 ただ、もう心配ないですよと繰り返し言われ、彼女から聞き出すのは無理だと諦める。まだ回復途中のレスティアを心配して、ジグリットに口止めされているのかもしれない。こうなってしまえば忠実な彼女は決して答えてはくれないだろう。
(でも私は知りたい……。私は知らなければ)
 真実を追究する。
 それが国を失ってからずっと、レスティアを支えてきた信念だった。それにディアロスを逃がしてしまったのは自分なのだ。責任を取らなくてはならない。
 そんなときに思い浮かんだのは、ミレンの姿だった。
 彼女ならば、何があったのか知りたいと思う心を理解してくれるに違いない。
 今すぐミレンを呼び寄せることはできない。もう少し、体力が回復しなければジグリットの許可が下りないだろう。
(こんな時に寝込んでしまうなんて。まだまだ、私は甘い……。もっと、心も身体も強くならなければ)
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