亡国の王女と覇王の寵愛
 ディアロスを気遣い、いつも心配していた。
 彼のために夜中にレスティアを迎えに来た、亡国の王女の名がそこには記されていたのだ。
【イラティ】
 そう書かれた文字は他のものよりも力が込められている。
 歴史に関すること以外は、いつも控えめで大人しいミレンが亡国とはいえ王女の名を敬称なしで書いている。
 そこに彼女の嫌悪が表われている気がした。ディアロスの名を国にした時に彼女が見せた表情の意味も、これなのだろう。
(兄様が……。イラティ様と……)
 祖国を忘れられないと言っていた、イラティのあの目を思い出す。
 ディアロスに連れ出されたのではなく、自分の意志で付いていったのかもしれない。
 ふたりはどこへ逃亡したのだろう。
 ミレンはさらに、文字を書き続ける。
【イラティの逃亡によって】
【リステ王国は完全に制圧されることになるでしょう】
【もう二度と、あの国が甦ることはありません】
「……」
 レスティアは気持ちを落ち着けるように、胸に手を当てて深呼吸を繰り返す。
 このミレンの言葉には、探し求めていた真実の欠片が残されているような気がした。
(イラティ様がこの王城に留まっていたら、リステ王国は復興した? それが彼女をこの王城に留めていた、ジグリットの意志なの?)
 復興させるくらいなら、どうして滅ぼしたのか。
 レスティアは落ち着いて座っていることができず、両手を強く握り締める。
(リステ王国もたしか、あのときは後継者を巡って内戦の最中だったと聞いた。イラティ様だけを王城に留めていたのは……)
 ふと、思い出す。
 あれはたしか、熱を出して寝込んでしまったときのことだ。
 レスティアに価値があると言ってくれたジグリットは、こうも言っていた。東のタジニー王国の王は愚かな男だった。だからそのまま、あの国は消滅した、と。
(もしかしてジグリットは……)
 ずっと探し求めていた真実。もしかしたらそれは、最初から目の前にあったのかもしれない。
 リステ王国もグスリール王国も、そのままだったら滅ぶ運命だった。
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