亡国の王女と覇王の寵愛
 低く響く男性の声。
 まだ若い声だが、さきほどの若者達とは違う。
 レスティアは逃げることも答えることもできず、ただ自らの肩を抱き締めるようにして震えていた。
 声の主は部屋の中を念入りに見渡しながら、レスティアが隠れていたソファーの奥まで歩いてくる。
(もう駄目……)
 ふと、影が差す。
 まるで今まで光の中に生きてきた王女に、突然訪れたこの悲劇の運命のように濃く、暗い影。
 レスティアの目の前に立ってその姿で影を作り出したのは、剣を手にしたひとりの男だった。
 白い肌に漆黒の鎧。
 そして炎のように赤い、長い髪。こちらを見つめる目は氷のように冷たそうな透明な青だ。
 整った顔立ちをした青年だったが、その雰囲気はあまりにも苛烈で、どんなに天才的な腕を持つ芸術家がいたとしてもこの威圧感を再現することなどできないだろう。
 その圧倒的な存在に、レスティアは恐怖も忘れて思わず魅入ってしまっていた。
(この人は……)
 今までの男達と、あきらかに違う威厳。
 きっと彼こそが、男達が言っていたあの御方なのだろう。
 それに、その赤い髪と漆黒の鎧姿を見れば、世情に疎いレスティアでも彼が誰なのか理解することができた。
 侵攻してきたのは、北方に位置するヴィーロニア王国に違いない。
 その国は五年前に代替わりしてからはとても好戦的で、二年前には東側のタジニー王国を侵攻した。昨年は大陸の西側にある小さなリステ王国にも侵攻して、属国にしたと聞いている。大陸のほぼ北半分を手中にしたヴィーロニア国王は、いつしか覇王と呼ばれていた。
 赤い髪と黒い鎧姿は、彼がその覇王である証。
 あの国はついに、他の国からは一目置かれていたはずの、七百年の歴史を誇るこのグスリールにまで攻め込んできたのか。
 彼は部屋の中に視線を巡らせると、ソファーの影で小さく震えているレスティアを見つけ、剣を手にしたままゆっくりと歩み寄ってきた。
「……来ないで」

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