亡国の王女と覇王の寵愛
「ディアロスのことか?」
「……はい。私はあの日、イラティ様に兄様が怪我をしたと聞いて部屋を飛び出してしまいました。場所もわからずに王城を彷徨っていたとき、幽閉部屋を抜け出して隠れていた兄様に会ったのです」
 両手を胸の前で組み合わせ、まるで懺悔をするようにレスティアはジグリットに告げる。
 彼は言葉を挟まずに、静かにその言葉を聞いていた。
 その沈黙が恐ろしい。
 それでもちゃんと自分の罪を告白しなければならない。
「兄様はあなたを両親の仇だと言いました。それでも私はあなたを信じると告げた。それなのに、心が揺らいでしまって……。兄様を見逃してしまったのです」
 もしあそこで人を呼んでいれば、ディアロスはイラティを連れ出さなかっただろう。そうすれば、まだ今もリステ王国は復興の望みがあったかもしれない。
 そう思うと手が震える。
「リステ王国を復興させるために、イラティ様をこの王城で保護していたのでしょう? だから、あの国が戦火で焼かれて立ち直れなくなるほど破壊される前に、このヴィーロニアの支配下に置いたのですね」
 ミレンを呼び出して事の詳細を聞き出したこと。
 その言葉から予測した真実。
 それをジグリットに告げると、彼は立ち上がり、レスティアのすぐ傍まで近寄ってきた。手を引かれ、導かれるままに立ち上がる。
 怒っているのだろうか。
 顔を上げようとした瞬間、しっかりと抱き締められた。
「ジグリット?」
 少し痛いくらいの強い抱擁。戸惑いながらも、そっとその背に腕を回す。
「お前は、最後まで俺を信じてくれたのだな」
 その声に含まれた切ないような響きが、レスティアの胸を打った。
 誠意が相手に伝わらないことなんて、珍しいことではないのだろう。よかれと思ってやったことを、相手が望んでいるとは限らない。ましてジグリットは自分で語ろうとせず、相手に気付かせるようにする人だ。
 イラティは祖国の復興を望んでいた。
 だがジグリットの真意には気付けず、彼のもとを去った。そのせいでリステ王国はもう復興することはないだろう。それをジグリットは、レスティアの想像以上に悲しんでいたのかもしれない。
「もし許されるのなら、私はここで、このヴィーロニア王国で生きていきたい。そしてグスリール王国だけではなく、この国に住むすべての人達がしあわせに暮らせるように、あなたと一緒に頑張っていきたいの」
 精一杯、手を伸ばして彼の背中を抱き締める。
「ああ。一緒に生きていこう。レスティア。つらい真実を受け入れ、前を向いて進もうとしているお前が俺の妃であることを、誇りに思う」
 寄り添い合うふたりの影が、壁に映っている。それはいつまでも抱き合い、離れようとはしなかった。
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