亡国の王女と覇王の寵愛
「ふたりをリステ王国に入れるわけにはいかないな。あの男はイラティを使って、必ず兵を挙げる。ようやく落ち着いてきたリステの土地を今、戦火に焼くつもりはない」
(イラティ様を利用して……)
 ディアロスならばやるかもしれない。彼はこの国を、ジグリットを深く憎んでいた。
 優しかった頃の従兄の顔を思い出し、唇を噛み締める。
 もしレスティアを連れ出すことができたら、きっとグスリール王国に逃げ込んで兵を挙げるつもりだったのだろう。それを拒否したから、代わりにイラティが連れ出されたのだ。
(……私のせいで)
 罪悪感が胸をよぎる。
 レスティアはもう、自分の生き方を自分で定めていた。たとえ大好きだった従兄であろうと、誰かの操り人形になるような人生は決して選ばない。
「今回のことはお前のせいではない。イラティが王城を逃げ出したいと思い、ディアロスがこの国と対立したいと思っている以上、いずれ必ずこうなっただろう。大丈夫だ。すぐにリステ王国との国境の警備を強化する」
 そんな彼女の心境を悟ったかのように、ジグリットはレスティアに向かってそう言ってくれた。
 美しい金の髪を優しく撫でる。
「この手に残っているのが、お前でよかった」
 囁かれるように、耳元で告げられたその言葉は、けっしてイラティを軽視したからではない。
 彼はリステ王国の再興に力を尽くそうとしていた。
 愛する者が信じてくれ、ここに残ってくれたという喜びが、それを言わせたのだろう。
「私は自分で決めたのです。何があってもあなたと一緒に生きると」
 まるで小さな子どものように、身を寄せて甘える。髪を撫でていた手が頬で止まり、腕の中に引き寄せられた。
 はやくこの大陸のすべてが平和になればいい、と思う。
 そうすればヴィーロニア国王の顔ではない姿を、もっと見せてくれるかもしれない。
(そのために私も、もっと勉強をしないと……)
 決意を新たに、国王の仕事に戻るジグリットを見送ろうとしていた。
 もう少し身体も丈夫にしなければならない。寝込んでばかりいては、彼に心配をかけてしまう。
「ディアロスは他に何か言っていなかったか?」
 ジグリットは扉の前で振り返り、思い付いたようにそう尋ねる。
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