亡国の王女と覇王の寵愛
 どうしてそんな遠い目をしているのだろう。
 彼はすぐ側にいるのに、手の届かない遠い存在になってしまったような気がして、レスティアは手を伸ばして触れようとする。ジグリットは、レスティアのその手を避けるように彼女から離れると、視線を反らしたまま、低い声で告げた。
「いまさら、そんな言葉で俺は止められない」
 そう呟いた言葉は、決意に満ちていた。
「ジグリット?」
 けれど仔細を知らないレスティアは、ただ不安そうな声で彼の名前を呼ぶことしかできなかった。
「大丈夫だ。お前は何も心配しなくていい」
 ジグリットはそれだけを告げると、もう振り返ることなく立ち去ってしまう。
「あ……」
 言葉を返す暇もなく、閉じられた扉。
 呆然と立ち尽くしたレスティアは、消え入りそうな小さな声で呟く。
「ジグリット……。どうして?」
 その背中から感じたのは、拒絶だった。
 一緒に歩むとそう決めたのに。どうしてひとりで行ってしまうのか。
 でもレスティアの心は素っ気ないジグリットの態度に絶望することなく、あらゆる手立てを考えていた。
 彼のために何ができるのか、と。
「まず、何があったのか知らないと……」
 真実はいつも、問題解決の手がかりを与えてくれる。そう学んだレスティアは、廊下に出た。向かうのは、前王が妃のために作ったあの図書室だ。
 ヴィーロニアの歴史をもっと知れば、見えてくるものがあるかもしれない。
「レスティア様?」
 図書室には先客がいた。
 長い黒髪をひとつに纏め、まるで侍女のような身軽な格好をしてミレンが、何冊も本を抱えて図書室の中を歩き回っていた。
 人の気配を感じて振り向いた彼女は、今にも倒れ込みそうな顔色で入ってきたレスティアを見て、慌てて走り寄ってくる。乱暴に机の上に置かれた本が、バランスを崩して何冊か床に落ちて散らばった。
「どうかなさったのですか?」
「私は、やらなければならないことがあるの」
 支えてくれた手も振り切って視線を四方に巡らせたレスティアは、ふとあることを思い出して振り向いた。
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