亡国の王女と覇王の寵愛
そう言ってミレンは寂しそうに笑った。
ジグリットはミレンを脅して口止めしていたのではなかった。それに関しても、彼を誤解していたのだ。
「そんな経緯があったものですから、私も少し意地になって、この言葉の起源が何か調べて見ました。そうしたら、この大陸中で信仰されている秩序と平和の女神の教えの中に、そのような言葉がありました。ええと、この本です」
ミレンは立ち上がり、並び立つ本棚の中から一冊の本を取り出して目の前に広げる。白い指が、広げた本のある部分を指し示した。
「秩序とは調和であり、調和なくして世界は成立しない。……この部分ですね。秩序と平和を乱す者は地獄に落ちる。特に罪深いのは、育ててくれた恩義ある親を殺す者。罪なき者を殺す者。そして愛する者を殺す者である。ここで書かれているのは、親を殺す者だけではないのです。それなのにどうして、今は親を殺す者だけが強調されているのか。古来より歴史と宗教は、政治に利用されてきました。だからこれも政治的思惑が色濃く投影された結果だと思うのです」
「……政治」
レスティアはミレンが指差した部分を何度も読み返しながら、考えを巡らせる。
子が親を殺す。それに関する事件とは、何が多いのか。
「王位継承権、ね」
「はい。王位に限らず貴族もそうですが、継承権に関わる争い事は、いつの時代でも多いものです。それを少しでも防ぐために生み出されたものではないかと。それならば親が子を殺すことまで罪になっては、都合が悪いですからね」
後継者に指名されなかった者が、簒奪しようとして親を殺す。それを防ぐために、親が子を殺す。
いつの時代にも、権力には血の匂いがする。
「ですから私は、この国を守るために戦ったジグリット様が、狂王の呪われた言葉に縛られる必要はないと思っています」
「……ええ。その通りだわ」
レスティアは何度も頷いた。
背を向けた彼の後ろ姿を思い出す。
地獄の王は、その罪深さで周囲を巻き込んで地獄に堕ちていく。そんな呪いの言葉を恐れて、ひとりで立ち去って行ったのか。
あんなにも強く誇り高い彼が、どうしてそんな言葉を真に受けたりしたのだろう。
それは自らの手で殺さなければならなかった父への、罪悪感なのか。
ジグリットはミレンを脅して口止めしていたのではなかった。それに関しても、彼を誤解していたのだ。
「そんな経緯があったものですから、私も少し意地になって、この言葉の起源が何か調べて見ました。そうしたら、この大陸中で信仰されている秩序と平和の女神の教えの中に、そのような言葉がありました。ええと、この本です」
ミレンは立ち上がり、並び立つ本棚の中から一冊の本を取り出して目の前に広げる。白い指が、広げた本のある部分を指し示した。
「秩序とは調和であり、調和なくして世界は成立しない。……この部分ですね。秩序と平和を乱す者は地獄に落ちる。特に罪深いのは、育ててくれた恩義ある親を殺す者。罪なき者を殺す者。そして愛する者を殺す者である。ここで書かれているのは、親を殺す者だけではないのです。それなのにどうして、今は親を殺す者だけが強調されているのか。古来より歴史と宗教は、政治に利用されてきました。だからこれも政治的思惑が色濃く投影された結果だと思うのです」
「……政治」
レスティアはミレンが指差した部分を何度も読み返しながら、考えを巡らせる。
子が親を殺す。それに関する事件とは、何が多いのか。
「王位継承権、ね」
「はい。王位に限らず貴族もそうですが、継承権に関わる争い事は、いつの時代でも多いものです。それを少しでも防ぐために生み出されたものではないかと。それならば親が子を殺すことまで罪になっては、都合が悪いですからね」
後継者に指名されなかった者が、簒奪しようとして親を殺す。それを防ぐために、親が子を殺す。
いつの時代にも、権力には血の匂いがする。
「ですから私は、この国を守るために戦ったジグリット様が、狂王の呪われた言葉に縛られる必要はないと思っています」
「……ええ。その通りだわ」
レスティアは何度も頷いた。
背を向けた彼の後ろ姿を思い出す。
地獄の王は、その罪深さで周囲を巻き込んで地獄に堕ちていく。そんな呪いの言葉を恐れて、ひとりで立ち去って行ったのか。
あんなにも強く誇り高い彼が、どうしてそんな言葉を真に受けたりしたのだろう。
それは自らの手で殺さなければならなかった父への、罪悪感なのか。