亡国の王女と覇王の寵愛
 あのときできなかった分まで、抱き締めたい。
 彼を縛る怨嗟の鎖から解き放ちたい。
 想いが募る毎に、焦る気持ちは大きくなる。
 それでも今、ここで性急に行動してはよくない結果しかもたらさないだろう。待つのはつらいが、それもまた試練なのかもしれない。
 とにかく今は、自分にできることをしよう。
 何度かメルティーが様子を見に来てくれたり、お茶や軽食を用意してくれた。その日は一日、読書に没頭して過ごす。
 いつしか灰色の雲が空を覆い、夕陽の光を遮って世界を夜よりも先に闇に沈めようとしている。
 ミレンが、図書室の隅に置かれているランプに火を灯した。橙色の暖かそうな光が、忍び寄る闇をほんの少し遠ざける。
「レスティア様、そろそろお部屋に戻られた方がよろしいかと。私が付き添います」
 太陽の光が途切れると、急に気温が下がったように思える。
 さすがに本の状態を気にしているのか、ここの暖炉はそれほど大きなものではない。まだメルティーが迎えに来る様子はないが、身体が冷え切ってしまう前に部屋に戻ったほうがいいかもしれない。
 レスティアはおとなしくその助言に従うことにした。椅子の上に置いたままだった上着を羽織り、ミレンに守られながら図書室を出る。
 ちょうど交代の時間なのか、レスティアの部屋の前に女騎士の姿はなかった。
 ミレンがレスティアの部屋の扉を開けて中を覗き込み、何かに驚いたように小さく声を上げた。
「ミレン?」
 何に驚いたのだろう。
 首を傾げて声を掛けると、ミレンは少し頬を染めながらレスティアを見つめた。
「ジグリット様が……」
「え?」
 慌てて部屋の中を覗き込むと、応接室のソファーに深く腰を下ろしたジグリットが、背もたれに寄りかかるようにして目を閉じている。レスティアは慌てて彼の傍に駆け寄り、その肩に手を当てた。
「ジグリット?」
「……ん」
 目を閉じているだけだと思っていたのに、どうやら本当に眠ってしまっていたらしい。わずかにぼんやりとした視線がレスティアに向けられる。
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