亡国の王女と覇王の寵愛
「ディアロスのことか?」
 ジグリットが口にした名前にレスティアは大きく首を振り、目に涙を溜めたままその腕の中から抜け出す。
「……レスティア?」
 この乱れた心を、どう伝えたらいいのだろう。
 彼の役に立ちたかったのだと、すべてが終わった後に伝えることに意味などあるのだろうか。
 それにレスティアがディアロスではなくジグリットを想い、心配しているのだと、まったく気付いていない彼の様子に虚しさがこみ上げてくる。
 この愛は一方的ではないはずだ。
 それでもジグリットにとって、レスティアの存在はどれくらい必要なのだろう。
「顔色が悪い。話は後にしたほうがよさそうだ」
 ジグリットは気遣うようにそう言って、メルティーを呼ぼうとしている。
「大丈夫です。……少し、ひとりにしてください」
 高ぶった感情のままそんな言葉を口にして、レスティアは身を翻してジグリットから離れた。急ぎ足で寝室に向かうと、扉を閉めてその場に座り込む。
 ジグリットが追ってくる気配はなかった。
 それに落胆する心を抑えきれずに溜息を付く。
「愛してるのに……」
 あの呪いの言葉を伝えてしまってから、たしかに繋がっていたはずの心が離れてしまったような気がする。
 自分はどうしたかったのだろう。自らの胸の上に手を当て、レスティアは静かに考える。
 答えが出ないまま、気が付けば周囲は夕闇に包まれていた。
 ゆっくりと立ち上がり、ランプに火を点ける。橙色の暖かい光が、瞬時に闇を遠ざけてくれた。
 その光を見つめながら、先程の出来事を思い出す。
(私は、自分のことばかりだわ)
 少しずつ落ち着いてくると、ディアロスとイラティがどうなったかまったく聞こうとしなかったことに気が付く。そして疲れたような顔をしていたのに、レスティアにきちんと経緯を説明しようと待っていたジグリットに対してひどい態度をとってしまった。
 後悔の念が沸き上がってくる。
(謝らなきゃ)
 そう思って立ち上がると、寝室の扉を叩く音がした。もしかしたらと思い、慌てて返事をする。
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