イジワルなくちびるから~…甘い嘘。【完】
零士先生が言う展覧会とは、二ヶ月後に開催される国際的なアートコンペティションのことだ。入選すればかなりのステータスになり、世界中に名が知れ渡ることになる。零士先生はその日本国内での予選選考に出展しようとしていた。
「あ、だから私をモデルに絵を?」
「そういうことだ」
でも、それってちょっと矛盾してない? 普通、展覧会に出展するのは画家として名を上げる為だよね。零士先生はもう絵を辞めるって決めたのに、なぜ?
遠慮気味に聞いてみると、零士先生は「辞めるからだ」って浅く微笑む。
「当初は画家を続けるつもりで出展を考えていたが、絵を辞めると決め迷ったよ。でもな、辞めるにしても最後に本当に描きたい絵を描いてそれがどんな評価を受けるか知りたい………そう思ったんだ。自分を納得させる為にもな。だから出展を決めた」
「そうですか……」
零士先生は割り切ったように淡々と話していたけど、どこか寂し気で、絵を辞めたくないという気持ちがヒシヒシと伝わってくる。だからお節介かと思ったが、言ってしまった。
「絵……どうしても辞めなきゃいけないんですか? 仕事に支障が出ない程度に描き続けることもできるんじゃ……」
しかし零士先生は大きく息を吐き、キッパリ断言する。
「それは無理だ。絵を続けていれば、どうしても仕事よりそちらに気持ちが行ってしまう。今までがそうだったからな。このままではどちらも中途半端になる。それがイヤで会社を辞めて画家になろうとしたんだ。
だが、最終的に俺は春華堂を継ぐと決めた。だったら、絵筆を置くしかないだろ?」