イジワルなくちびるから~…甘い嘘。【完】

Arielの個展が開催されると決まった時から、当然のようにそう思っていた。しかし薫さんは苦笑いを浮かべ首を振る。


「残念ながら、もう"矢城ギャラリー"という画廊は存在しないわ。今の所有者は春華堂だもの」

「あ、そうか……」


そういう事情もあり、Arielの個展会場の名称をどうするかで揉めていたんだけど、Ariel側の希望もあり"春華堂&矢城ギャラリー"の名前で開催されることに決まったそうだ。


「零士がそうして欲しいって頑張ってくれたみたいでね……良かったわね。父さん」

「おぉ、またあの零士君が……彼には世話になってばかりいるなぁ~。一度会ってちゃんとお礼を言わないとな」


館長が零士先生に会ったのは、零士先生が中学生の頃。薫さんに連れられて矢城ギャラリーに絵画を観に来ていた時に二~三度、挨拶を交わしたことがあったらしい。でも、それ以来、直接は会ってはいないそうだ。


「二十年くらい前になるか……利発な少年だったから、立派な青年になっとるだろうなぁ~」


館長が感慨深げに呟いた直後、リビングのドアが開き、環ちゃんが帰って来た。


「あれ~希穂ちゃんじゃない。お久~」

「ホント、久しぶりだね。ちゃんと学校行ってる?」

「もぉ~いきなりそれ? ママがふたり居るみたいで気分悪い」


環ちゃんが私の隣りに座り、仏頂面でため息を付くと薫さんが環ちゃんを窘(たしな)め、お小言が始まる。そしてその説教はなかなか終わらない。


さすがに鬱陶しくなってきたのだろう。環ちゃんが食事もそこそこに立ち上がり、リビングの方に行こうとした時だった。突然「あっ!」と大声を上げる。


「希穂ちゃん、テレビ観て! このCMのバックの絵って、新太先生のじゃない?」

< 137 / 237 >

この作品をシェア

pagetop