イジワルなくちびるから~…甘い嘘。【完】
「ママは結婚しないで私を産んだの。だから、誰がパパかだなんて分かるワケないじゃん。私が常務さんをパパって言えば、パパになるの」
あ、なるほど……って一瞬納得したが、いやいや、たとえ学校の先生を上手く騙せたとしても、薫さんにその企みがバレたら大変なことなる。それは零士先生だって分かってると思ったのに、結局、零士先生は環ちゃんの父親役として学校に行くことになってしまった。
「じゃあ、明後日の午後四時に学校に来てね。待ってるから」
環ちゃんがそう言って機嫌良く帰って行った後、零士先生に、なぜあんなバカげた約束をしたのかと聞いてみたけど「そんなに熱くなるな」と言うだけで取り合ってくれない。
零士先生も環ちゃんもどうかしてる。
ギャラリーで男性社員と話しをしている零士先生に冷めた視線を向け、新たに展示されることになった絵画の資料を手に取ると、飯島さんが近付いて来てボソッと言う。
「さっきのことなんだけど……」
「はい?」
「常務と矢城さんのことよ」
飯島さんが小声で話し出したのは、私がさっき聞きそびれた社内の噂のことだった。
「常務と付き合い出したばかりの宇都宮さんには言わない方がいいと思ってたんだけど、気が変わったわ。……実はね、矢城さんの娘さんの父親は、常務じゃないかって言われてるの」
「えっ……」
環ちゃんが……零士先生の子供?
たとえ噂でも、そんなことが囁かれていたってことに驚き、手から資料が滑り落ちる。それを屈んで拾い上げた飯島さんが私の手に資料を握らせ、遣る瀬無い顔をした。