イジワルなくちびるから~…甘い嘘。【完】

「この噂はね、春華堂の社内だけじゃなく、矢城さんが子供を産んだ時からずっとあった噂なの」

「そんな昔から……」

「そりゃそうよ。当時は皆、あのふたりは付き合ってるって思っていたもの。ってことは当然、父親は常務。そう思うのが自然でしょ?」


だから、零士先生と薫さんはいずれ結婚するだろうと誰もが信じて疑わなかった。しかしふたりは結婚はせず、薫さんはひとりで環ちゃんを育ててきた。でも、その噂がずっと消えなったのは、薫さんが出産後、すぐ春華堂に就職したから。


「春華堂は昔から正社員は大卒しか採らなかった。こんなことを言ってはなんだけど、中卒の矢城さんが入社したってことは、何かある。そう疑われても仕方ないわ」

「何かって……なんですか?」


ただの噂だと分かっていても、動揺して声が震える。


「私が聞いた話しでは、常務の父親の社長が大反対してふたりは結婚できなかったって……まだ高校生の息子に子供ができたなんて、そんなことが公になったらマズいでしょ。

その代わり、春華堂で雇い生活に困らないよう他の社員より多くの給料を出すことにした。多額の養育費と慰謝料も支払われたんじゃないかって言う人もいたわ」

「そんな……信じられない」


零士先生は薫さんを親友だって言っていた。異性として意識したことなんてないって……あれは嘘だったの?


激しく動揺し、心が揺れる。すると飯島さんがその揺らぎ始めた心にとどめを刺すようなことを言う。

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