イジワルなくちびるから~…甘い嘘。【完】
しかし飯島さんは私の意見に耳を貸さず、更にヒートアップして語気を強める。
「矢城さんの真っすぐな性格から考えて、授かった命を消そうなんて考えなかったはず。たとえひとりでも子供を産んで育てる。そう思ったに違いないわ」
それに関しては、私も同感だ。でも、そこで疑問が湧いてくる。零士先生を知る人は皆、彼は責任感の強い人だと言っていた。薫さんがそこまで決意して環ちゃんを産めば、あの零士先生のことだ。結婚を考えてもおかしくない。なのにふたりは結婚はしなかった。
そのことを指摘すると飯島さんは、さっきの噂話の通り、社長に反対されたからだと自信満々に答える。でもその時、ある考えが頭を掠めハッとした。
百歩譲って飯島さんの言う通り、環ちゃんが零士先生の娘だと仮定してだけど……
あの零士先生が社長に反対されたってだけで簡単に自分の気持ちを変えるとは思えない。だとしたら、ふたりが結婚しなかった理由はひとつしかない。
薫さんが結婚を拒否したから……
零士先生のお母さんのことで負い目を感じていた薫さんは、これ以上、零士先生に迷惑を掛けたくないと思ったんじゃあ……だからひとりで生きて行く道を選んだ。それを分かっていたから零士先生も誰とも付き合わず、薫さんの傍に居た。お互いがお互いを想いそう決断したとしたら……
今まで飯島さんの推理に否定的な私だっだけど、その推理が一気に現実味を帯びてきて冷静では居られない。でもやっぱり、私は零士先生を信じたかった。彼が嘘を付いていたなんて思いたくなかったんだ。