イジワルなくちびるから~…甘い嘘。【完】
悶々としたまま仕事を終え会社を出ると真っすぐ矢城ギャラリーに向かった。いつもは零士先生が来る時間までカフェで時間を潰すのだけど、今日ばかりはまったりお茶する気分になれず、速足で見慣れた路地を突っ切って行く。
一刻も早く零士先生の口から否定の言葉を聞きたい。ただの噂だって笑い飛ばして欲しい。
心の中でそう願いながら矢城ギャラリーに着くと事務所の椅子に腰を下ろし、まんじりともせず零士先生を待つ。
でも、少し冷静になった頭で考えてみれば、飯島さんの言っていたことが正しいような気がしてきて……
飯島さんの言うように、中卒の薫さんが春華堂に正社員で入社したってのは妙な話しだ。あ、それに、薫さんの住むマンションは立地のいい所に建つ高級マンションだった。子供を抱えた女性が簡単に買える代物じゃない。でも、多額の慰謝料があれば買えないことはない。
あぁ……もうため息しか出ない。
私はずっと、男女の間に真の友情は存在しない。そう思ってきた。零士先生の話しを聞いて一度は考えが変わったけど、やっぱり……
しかしそれと同時に、もしそうだったとして、私に零士先生を責める権利があるのだろうかと考える。確かに今、私は零士先生の彼女だけど、付き合う以前のことに私があれこれ口を出すのは違うような気がする。
誰にだって過去はある。零士先生と薫さんが納得しているなら周りがとやかく言うことじゃない。ただ私の心に引っ掛かっていたのは、零士先生が嘘を付き、そのことを教えてくれなかったってこと。