イジワルなくちびるから~…甘い嘘。【完】
「これは希穂のモノだろ?」
「えっ、でも……百万円は零士先生が……」
「確かに詐欺にあった金を穴埋めしたのは俺だが、お前は絵のモデルをして既に百万を返済している。だからこれは希穂のモノだ」
そうは言われても、正直、あのモデルに百万円の価値があるとは思えない。だから受け取ることを躊躇していると「何か欲しいモノがあるなら、これで買えばいい」そう言われ、胸に鈍い痛みが走った。
「欲しいモノ……?」
私が欲しいモノは、ひとつしかない。それは、零士先生の心――半世紀後でも私を愛おしいと想ってくれるあなたの心が欲しい。
どんなに彼が優しくしてくれても疑いは拭えず、輝樹君のあの言葉が不安という闇に私を引きずり込んでいく。そして昨夜見た夢が更に私を不安にさせていった。だから、あの絵が完成しなければいいのに……と思ってしまう。
ようやく手に入れた幸せを失うという恐怖は耐え難く、怖くて怖くて堪らない。
ずっと好きだった人だもの。もう離れたくない――……
――そんな気持ちのまま翌日を迎え、私は零士先生と共にタクシーでパーティが行われるライブハウスに向かっていた。
「今日はやけに大人しいな。具合でも悪いのか?」
タクシーの後部座席で私の顔を心配そうに覗き込んでくる零士先生と目が合うと、慌てて精一杯の笑顔を作る。
「……パーティーの出席者は知らない人ばかりだから、なんか緊張しちゃって……」
「そうか……薫が来れれば良かったんだが、親父さんが突然、再入院しちまったからなぁ~」